世界一ワクワクする服

更新、久しぶりすぎて、笑えました。


今日はいろいろと思うとこあって、ブログ書いてみようと思います。
今日、行ってきたのは
「FUTURE BEAUTY 日本ファッションの未来性」展。


私が、がっつりファッションのことばかり考えてた時代の、なつかしい作品を見ることができて、ちょっと感動しました。
1997S/Sのギャルソンのコブドレスとか、1999S/SのYohji Yamamotoのシャンタンやタフタの、ボーンが入っているドレスとか、SHINICHIRO ARAKAWAの1999-2000A/Wの平面のシリーズとか、2002A/Wの、ジュンヤのデニムシリーズとか…アンダーカバー、20471120、ビューティ・ビースト、コージ・タツノ、ファイナルホーム。


でも、一番は、私が世界で一番ワクワクする服、1997-1998A/Wの、Yohji Yamamotoのフェルトドレス。
あれを雑誌で見たときは、あまりのカッコよさに、涙が出たなー。なんでだろ、うまく言えないけど…
未だに実家に、当時の雑誌の切り抜きを保管しています。
布地の厚みとか、その布地が出すラインの出方とか、カッティングとか、なんだろ…すごーく計算されていると思うんです。


シンプルに見えるけど、すごーく個性的な服。
しびれますねー。


でも、以前と違ったのは、私の考え方。
「ヤベェ、カッコいい!着たい!」っていう若かりし頃の感覚ではなく。
その作品ができた背景が、気になるんです。
その時、耀司さんがどんな思いでこの服を作ったのか。周りにいるスタッフが、どんな思いでこの服を作ったのか。
“ぼろルック”として注目を浴びた耀司さんや川久保さんが、どうしてそのデザインでパリに乗り込んだのか。
そのショーを見たジャーナリストやバイヤーなど、そのショー会場にいた人たちは、そのコレクションを見てどう感じたのか。


誰もやらなかったことをやる。苦しいのか、楽しいのか、それともそういう感情はなく、使命だと感じていたのか。
今まで見たことがないファッションを見る。驚きなのか、感動なのか、拒否なのか。


その日、偶然に時間差で同じ展示会に行っていた、私の製作のサポートしてくれている友人と話したのが、
「私が、作り手になったから」目線が変わったんだね、と。


当時の私は、パタンナーになりたいと仕事をしながら学校に通ったにもかかわらず、何とも自信がない人間だったので、「自分が作り手になる」という才能を持ち合わせていないもんだと思っていたんです。
だから、「スゴい!カッコいい!着たい!」で終わっていたんですね。


今は、「スゴい人たちはスゴい。でも、私は私ができるものづくりをする」と思っているので、目線も、意識も変わったんですな。


そんな私は、今は製作をしながら、コンセプトやらブランド名やらを練り直し中。
いままで「バック作ってます」って言ってましたが、そもそもものづくりの出発点がバックではなく、刺繍をするキャンバスをバックに求めた結果だったことを再認識したので、「なんでもアリ」なものづくりなんです。
これも、サポートしてくれている友人に言われ、「あ、それってアリなのか」と思ったコト。
なので、コンセプトが「バックありき」ではなく、「私ありき」なんです。私の中の、感性や感覚や趣味趣向興味。それが反映できるのなら、何でもいい。
なので、コンセプトもブランド名も、私の内面をどこまでも深堀していかなければいけない。その結果が、「これでいいかな」ではなく、本当に腹の底から腑に落ちるものでないと、ダメだと思っています。
それは「私ありき」のものづくりだから。


自分のダメさも弱さも認めて、その上で積み重ねてきた私らしさを表現する。
苦しいんだけど、実は楽しい。